【アカペラ】ビートボックスに依存したパーカス奏者への挑戦状


突然ですが皆さんはアカペラってどんな音楽だと思いますか?

僕はアカペラは・・・

引き算の美をもった音楽

だと思っています。

最近は多重録音などの技術が進歩しましたが、基本的には6人の人間が同時に出せる音は6個までです。

なので私は「アカペラは引き算をして、本当に必要な音だけを奏でるところに美がある」と思っています。


これはボイスパーカッションも同じです。

どうあがいても、ドラムを同じだけの音数で演奏をするのは不可能です。

なので、「ドラムの音の中から、どの音を拾い上げて曲を作りこむのか」と言ったところに美的センスや音楽性が出るわけです。

ボイスパーカッションも例外なくして、引き算の美学に乗っているわけです。

しかし、ヒューマンビートボックス。

こいつは、アカペラの引き算の考え方を持たない奏者が使うと非常に危険な表現手法なのであります。

なぜならば、Human Beatboxは基本的に足し算の概念で作り上げられているからです。

音を詰め込める奏者が大会で強かったり、

いろんな音を出せる奏者が大会で強かったり、

複数の音を同時に出せる人が大会で強かったり。

しかし悲しいかな。

本当に必要最低限の音だけを洗練して打っている人が活躍しているところは、ただの一度も見たことがありません。それが 「良い or 悪い」 の話ではなく、ヒューマンビートボックスっていうのはアカペラと違って足し算なんです。


最初に戻りますが、アカペラは誰がなんて言おうが引き算になります。

楽器オリジナルの原曲よりも多くの音がなっているのはただの一度も聴いたことがありません。

そんな引き算の美学に足し算の表現を持ち込むのですから、ヒューマンビートボクサーは人一倍、慎重に表現を選ばなければいけません。

ソロのように、いろんな音を入れて、死ぬほど連打して、その結果として音1個1個のピッチや音程がガタガタだったらお話にならないですよね!

ドラムの音+電子音 の中からしっかりと 引き算 をして、本当に大事な音が打てるようになると、KevinやLayneのようにビートボックスの表現をアカペラで活かせる奏者になれるのではないかと思いますよ!


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