アデノウイルスでぶっ倒れてました
妻がアデノウイルスを拾ってきまして。
妻がぶっ倒れていたので、その間、家事・育児・炊事・妻の看病に従事していたところ今度は僕がぶっ倒れました。当初はアデノウイルスを舐め腐っていたのですが、こいつなかなかヤバいやつでして。結局5日間ぐらい連日連夜40度を超える熱にうなされることになりました。
最初は久々に40度を超える熱がでたので、写真を撮ったりしていたのですが、ここから更に熱が上がり、しかもそれが連日続いたため途中からゲッソリしていました。
高熱にうなされる中で走馬灯のように中学生ぐらいからの記憶がバーっと一夜の間にして夢で駆け巡っていきまして、その中で
- 僕が高校受験・大学受験ともに失敗した理由
- 社会人になってからは順調に働けている理由
のうちの1つであろうものに気づいたので記事を書いています。主に子育てに悩める親御さんや、受験・就活・転職に悩む僕と同じような性格の方々に、1個の参考事例としてお読みいただけると嬉しいです。
魔法を解かれて呪いをかけられた
僕はもともと「究極ネガティブ思考 の ごみうんち」です。放っておくと常に失敗した時のことを考えています。小学生の頃、水泳を習っていたのですが昇級試験前は数週間前からプレッシャーを感じ始め、試験当日はかな〜りナイーブになっていました。
そんな僕が変わったのが11歳の時のアメリカ現地校への転校。ローマ字も書けない少年がいきなり現地校に転校したため、算数の100マス計算以外のあらゆるテストが “のび太” 状態でした。っていうかテスト用紙に名前すら書けないので “のび太” 以下です。日本語を話せた人にはバカにされ、日本語を話せない人とはコミュニケーションが取れないため慰められているのかバカにされているのかすら分からず、どん底まで落ち切ってネガティブ思考できなくなるほど、学徒としてのプライドはグチャグチャになりました。あらゆる自信を失いました。
で、その中で自分を鼓舞するために「自分は天才だ」と声に出して言い聞かせることにしたのです。当時使っていた電子辞書の「ジーニアス」という単語がきっかけで「Genius」という言葉を覚えたのがはじまり。最初は英語を話せないアジア人のチビ助(しかもテストは無記名で0点)が「I’m genius man!!」と叫んでいたのが面白かったらしく現地の人たちが構ってくれたのがキッカケだった気がするのですが(※勉強で落ちこぼれたからバカやって皆の気を引く少年あるある)、これを続けるうちにニックネームが「Genious Man」になり、何かできたら自分も周りも「Genius!」と掛け声をかけるようになり、次第と自己肯定感が上がりました。
で、日本に帰国した後もこれを続けていたのですが、とある塾講師に塾の夏合宿で「謙虚になれ」と余計な指導をされたのが、今思えば最悪な転機でした。
偏差値急降下・受験失敗
それからというものは散々でした。Genius Man時代だった夏合宿前の7月は73あった偏差値は、Genius Manを剥奪された夏合宿明けの9月には70に、そして10月には60台に落ち込んでいきました。
親や塾からは「勉強が足りない」だの「人と比べて努力が不足している」だの好き勝手言われ、文字通り勉強しなくなりました。でも勉強しないと「勉強していないからできない」という言い訳ができるのでメンタル的には楽なんですよね。勉強してもできないと自分の能力の限界を突きつけられるため、勉強してできない方が辛いのです。で、僕の人生のスランプは就職するまで続きました。大学受験も無事に1浪しています。
同期トップの成績
再び転機が訪れたのが社会人1年目。新卒入社した会社では同期トップの成績で突破型の研修を修了しました。久々に本気で勉強して、本気で結果にコミットしました。研修成績が報酬に直結していたことや、本気を出したことで同じく本気の同期との競争心が芽生えたことが大きな理由です。
この時、自分の中でスローガンのように言い続けていたのが「自分なら出来る」でした。配属後に難易度の高い案件を振られた際も「●●(本名)と書いて”なんでもできる”と読む」と部署内の人、全員が閲覧できる日報システムに書き続けていました。当然めっちゃいじられ、そのうちあだ名が「なんでもできる」になってました。笑
今思うと、これって「I am genius man!!!」と同じことをしていたことに気がつきました。今だからこそ言えることかもしれませんが、少年は調子に乗って「genius」を自称していたわけではなく、自分を鼓舞するために言っていたわけであって、それに対して「謙虚になれ」っていうフィードバックが見当違いだったのです。
「俺は出来る!俺は逃げない!俺はやるぞ!」を表した魔法が「I am genius man!!!」だったわけです。
まとめ
僕は人生で辛い時に最後まで裏切らずに助けてくれるのは「自分」だと思っています。だからこそ「自分の一番のファンは自分」である状態をキープすることが大事だとも思っています。元サッカー日本代表の田中マルクス闘莉王選手も、渋谷幕張高校時代に「闘莉王負けない!」と叫びながら一人でボールを蹴っていたという逸話をマガジンの読み切りで目にしたことがあります。
仮に息子が「僕天才なんだよね!」と言ったとしても僕はそれは止めないようにしたいと思います。「僕天才なんだよね!皆はバカだけど。」はマズいし止めますが、「僕天才なんだよね!」って誰かを傷つける言葉ではないと思います。で、あれば、たくさん「僕天才」と声に出して言って、自己肯定感を高めてくれた方が親としては嬉しいです。自称「天才」に対して学校から指導されようものなら、僕が学校を指導してやろう…ぐらいの気概です。
僕が学生の頃は「自己肯定感」なんて言葉はなく、「自己愛」が学力に直結するとは思ってもいませんでしたが、今思えばEngagementが冷め切った状態で何をInputしても上手くいくはずなかったな…と思います。LearningとEngagementの相関の論文だって出てますしね!僕は気がつくのがだいぶ遅くなっちゃいましたが、息子には是非「自分大好き人間」に育って欲しいなと思います。
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