この記事の背景
こんな投稿を見つけたのです。
小1にとってYouTubeは「至高の娯楽」で絵本は「音の出ないゴミ」?今の子供達の娯楽感覚が衝撃的だった話、今の子供は漫画すら読めなくなっているのか?
本来であればソースや真偽を確かめるべきなのでしょうが、今日は「そもそも読書って本当に必要なのか?YouTubeってそんなに悪なのか?」について持論を述べて見たいと思います。
読書の究極の目的とは何か?
僕は読書の究極の目的を突き詰めて行くと2種類あると思っています。
- 情報収集
- 娯楽
このうち「2.娯楽」に焦点を当てると、他人がひと様の好き嫌いにとやかくいう権利はないと思うので、小説を読むのが好きな人は小説を読めな良いと思いますし、漫画が好きな人は漫画を読めば良いと思いますし、両方好きじゃない人は好きなことすれば良いと思っています。
一方の「1.情報収集」は話せば長くなります…。
2000年・2010年 vs 2020年
僕らが学生の頃は、まだインターネットも発展しておらず、情報収集の手段といえば読書が主流でした。図書館で調べごとをしたり、一生懸命辞典や辞書をひいたり、それでもわからなければ論文をかき集めて片っ端から読んだり。
なので「本を読めない=情報が集められない」という式が成り立つが故に「本が読めない」ということが大きな欠点になり得ました。
また通信技術が今ほど発達していなかったこともあり、インターネット上のコンテンツも文字コンテンツが多かったように感じます。僕が学生真っ定中だった2000年から2010年ごろは、せいぜい静止画が良いところで、動画は少なかった(あっても画質も音質も通信速度も2020年と比べるとクソだった)です。
なので情報収集には活字への慣れが大事だったのです。
今は情報収集のための動画も揃いつつある
今は本当にいろんな動画が揃っています。
YouTubeに限定しなければUdemyやLinkedInなどのサービスを通じて、世界中の良質な学習コンテンツに触れることができます。また、海外のセミナーの録画もどんどんインターネットにアップロードされる時代となっており、動画は情報収集手段の1つと言い切れる時代になったと思っています。
そして、動画で情報収集することにより「内職」ができるようになりました。
学校の授業中に先生の話を聞きながら、教科書を先読みしていたように、動画を流しながら「わからなかった単語」や「気になった関連事項」をささっとスマホやPCで調べられる時代なのです。
なので僕は「技術の進化に伴い学び方が変わるのはあるべき姿であり、今の学び方に即した能力が育つことが大事」だと考えています。
僕らが小学生の頃に子供の活字離れが囁かれ、古典や歴史の漫画が大量に売られたように、今度は古典や歴史の動画が大量に出てくるだけだと思うのです。そして、できる子はその動画を1.5倍速とか2.0倍速で見ながら効率よく学ぶと思います。
時代にあった能力をつける教育を
なので一児の父親としては、今の時代に合わせて、
- 「辞書を引く能力」<「Googleで検索する能力」
- 「本を素早く読む能力」<「動画で気になる箇所を素早くピックアップする能力」
のように、時代に求められた能力がつけばそれで良いと思います。
YouTuberにはなれず、いつまでも活字でBlogを書いているお父ちゃんの個人的な意見でした。
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