参考:東急東横線:保安装置が故障、運転見合わせ / 毎日新聞
先日22時に会社を出て帰宅しようとすると電車が止まっておりました。
運転再開といいつつ一向に来ない電車。そして目的地の駅の2駅前が乗車した電車の終点だったためそこでおろされ。
その後その駅には次から次へとその駅が終点の電車がやってきて、結局その先まで行く電車に乗れたのは30分後〜1時間後になってしまいました。
タクシーの振りかえチケットも配布しておらず。
僕は30分やそこらまっただけで済んだのでまだまともなほうだったのかも知れませんが酷い人は何時間と待たされたようです。
僕は遅延や運休に対して人とは少し違った哲学を持っています。
なので今日はそことからめつつ思った事をそこはかとなく書き綴ろうと思います。
まずはじめに僕は遅延や運休は悪い事だとは思っておりません。なので人身事故などで電車が止まる分には潔く受け入れてかわりの路線を探すかタクシーを使うようにしています。そこで舌打ちをしたり怒るような人間にはなりたくないのです。
たとえタクシーチケットが出なくてもたかだかタクシー代の数千円から一万円程度その事故で失われた命に比べたら安いものです。人が死傷している中でイライラして怒る人間にだけはなりたく無いという強い想いがあります。たとえそれが大勢の人に迷惑をかけるような死に方だったとしても人ひとりの命が失われたことに変わりはありません。ただでさえ通勤時は人がもののように扱われます。その中でその失われた命を悲しめなくなったら、いよいよ僕は本当に人からものへと変わってしまうのではないかなと思います。
そういう意味で急患看護や人身事故の遅延は全く嫌ではないのです。寧ろそこに理解を示してくれない会社や教師の方がドン引きです。僕の持論に則るならば「人の命を何だと思っているんだ!」ってな話な訳です。だって相当辛かったんだと思いますよ。自ら線路に飛び込むなんて恐怖心でそうそう出来た事では無いですよ。迷惑な行為にかわりは無いかも知れませんが生前そこまで追い込まれていた人を死んでからも皆して恨んで追い込むこともないのではないのでしょう?
大幅に脱線しましたが僕は遅延や運休は悪い事だとは思っておりません。
ただし僕はどれだけ小さい人間と思われようがその原因となっている「鉄道会社のミス」は絶対に許しません。
プロの定義は様々ですが広く捉えると「その仕事でお金をもらって生活している人」と定義づけることが出来ます。プロ野球選手は野球をしてもらったお金で生活しているプロです。プロのエンジニアはコードを書いて(システムをエンジニアリングして)お金を貰っている人です。ってことはお金をもらって働いている鉄道会社の人はプロの鉄道マンなわけですよ。そのプロが「保安装置の故障で運転見合わせ」ってどういうことですか?
運転を見合わせておいてそれに対する対策が全くないのも誠に遺憾です。独占市場ではないですがいい気になりすぎなんじゃないかなと思います。現状我々は電車と同じ料金での電車以外の交通手段を持ち合わせていないため渋々電車を使わざるを得ないですが、プロとして客から金とってんだから自社のミスで遅延や運休はないでしょと思うわけです。
僕は今SEとして働いていますが、皆さんシステムがダウンしたら怒るでしょ。事と次第によっては全額返金リコール問題ですよ。金を返しただけですめばまだ善し。不具合の内容やお客様の怒りの度合いによっては損害賠償を求められかねません。鉄道会社もプロなんだから業務が止まるようなミスだけはしちゃだめでしょと、サンデーモーニングの張本さんみたいな勢いで僕は「喝」を入れたいです。
今回のことは良い教訓になりました。
業務がとまると言う事が如何に迷惑な事かこの時期にこの身を以て経験できたのは至極幸せな事だったと思います。
特に疲れている人が利用するものならば尚更です。
システムや電車は喋りませんが、日々を生き抜く人達に「お疲れさま」と「頑張れ」を伝えられる仕事が出来るオトナになりたいと思いました。
少なくとも業務が止まってしまうような成果を出しているうちは、そこからはほど遠いなと言うのが率直な感想です。僕はSEなので今後自分が書くプログラムではエラーでシステムが止まる事の無いようプロフェッショナルな仕事をしたいなと思います。
※運休と書くと終日止まっていたみたいな表現になってしまい適切ではありませんでした。運転見合わせと表するべきでした。すみませんでした。
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