村松淳平さんのblogの紹介やら持論の紹介やらで散々「教えてもらう事」と「考える事」について書いてきましたが、今日もまた「考える事の大切さ」と「教わった事をそのまま実演することの無意味さ」について書きたいと思います。
かなり言い方がキツくなりますが、「人にアドバイスを求めない人は3流」そして「もらったアドバイスをそのまんま100%実行にうつす人は2流」だと僕は思っています。
これはどこかで読んだ文章です。
どこでいつ読んだかは忘れてしまいました。が、非常に理路整然と「教わったことを100%そのまま実演することの無意味さ」について書かれていたので紹介します。
サーフィンを習ったとしてもサーフィンが出来るようになるとは限らない。
サーファーはある程度割り切り、出世をあきらめる事で趣味に打ち込んでおり、台風が来た時等には有給をとり海に出かける。そういったサーファーと同じように波に乗りたければ当然同じ生活をする必要がある。そういった人たちに習ったからと言ってその人達のように波に乗れるわけではない。
まあだいたいこんな内容の文章でした。
まあそりゃそうですよね。
例えばイチローに野球を教えてもらった人が皆イチローになれるわけではありません。
イチローと同じ努力を、いいえ、イチロー以上の努力をしなければ当然イチローの用にプレイする事等できません。そしてイチローと同じ用に努力するためにはイチローのように沢山の試合に出て沢山の打席を経験する必要があります。誰しもが努力したからといってイチローになれるわけでは無いのです。
試合に出れない人はイチローと同じだけの経験を詰む事はできません。
試合に出れたとしてもイチローと身体能力が違ったら自分なりに教わった事を応用する必要があります。
また、ホームランバッターを目指す体の大きな黒人がイチローの俊足を生かしたバッティングを教わったところでそれが彼に100%マッチした打ち方とは思えません。
もちろん狙い球の絞り方等、参考になる部分もあると思います。
だからこそ、話を聴こうともしない人は3流だと僕は思います。しかしながら、話を聴いてそれをそのまま実践するのも違います。違う人間なのですから、違う生活をしているのですから、身体能力等も違うのですから、まったく同じ事をやっていては劣化版のコピーにしかなれません。いや、劣化版のコピーにすらなれません。
だからこそ、僕は自分で考えて自分なりに落とし込んで実践出来ない人間は2流だと思っています。
僕も学部生最上学年になりました。
沢山の後輩にも恵まれ、アドバイスを求められたり質問されることも増えました。
僕は勇気を持って先輩にアドバイスを求めに来た後輩を尊敬しています。先輩にアドバイスを貰うには少なからず勇気がいるものです。その努力は絶対に賞賛されるべきだと思います。
しかし努力をするだけではまだ自己満足です。
その努力を結果に結びつけるために、自分なりに考え自分なりに落とし込んで実践し、結果を残した後輩はもはや後輩では無く切磋琢磨して行く仲間でありライバルだと僕は思っています。
自戒も込めて。
貰ったアドバイスを元に、自分なりに考え自分に合った方法で結果に結びつけて行く事が大切だと思います。
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