さてさて。またまたぶっ飛んだタイトルつけてしまいました。
主にめぐりめぐってどこかでサークルの後輩の目にとまればなって思ったりしながら書いております。
今回のメッセージは1つ。
「自分が積み上げて来たものを全否定する勇気はありますか?」
僕がサークルで主に担当しているボイスパーカッションには声を使った有声奏法と声を使わない無声奏法があります。
僕はもっぱら有声奏法支持者で3年生の夏までは心の中のどこかで無声奏法を馬鹿にしつつ有声奏法を究めて来ました。
おかげさまで他の人には出せない僕だけの音も出せるようになりましたし、音量も僕にしか出せない大音量を出せるようになりました。
無声奏法には出来ない有声奏法ならではの技にも磨きをかけました。
リムショットとスネアを同時に打ったり、バスとハイハットを同時に打ったり等ドラムさながらの演奏法も取得しました。
ある種僕は有声奏法の探求にそれまでの学生生活を懸けていたと言っても過言ではありませんでした。
しかし3年生の夏。
サークルの政から引退する前最後のサークルライブのオーディションに僕は落ちてしまいました。
簡単に言うと、自身の集大成となる一番大事なステージに乗る事が出来なかったのです。めちゃくちゃ悔しかったですしやり切れない思いもありました。練習が停滞したバンドもありましたし、それによってどんどん1人の時間も出来ました。
これに関しては今年3月に書いた下記の記事を読んでいただけたら幸いです。
そうなった時に僕は「自分の何がいけなかったのか。」と凄く思い悩みました。
悩んだ結果、自身の信条を捨てて一度自分が心のどこかで否定してきた無声奏法に取り組む事にしたのです。
もう最後の集大成となるステージに乗れなかった僕には良くも悪くも意地もプライドもへったくれもありませんでした。一度自分がやってきたものを全てぶち壊す勢いで有声奏法を使わずにバンドの練習に取り組んでみました。
音色、音圧、ドラムの再現度、一度全てを否定しました。
一度全てを否定して真っ白な下地を作った上でまた1から無声奏法を練習してみたのです。
そうすることで今までと違った視点からそれぞれ、音色・音圧・ドラムの再現度が見えて来たのです。
その結果自身の演奏が熟しより深みのある演奏が出来るようになりました。
もちろん“どこ”で“なに”を“どれだけ”否定をするかは難しいです。
もしかしたら自身の練習が足りていないだけかも知れません。
逆に自分がやっている事を信じてやり抜かないと得られないものもあります。
しかしながらそれを貫いているとある日頭打ちになったり、結果がついて来なかったり、スランプに陥ったりします。
そう言った時、かつて捨ててしまったもう片方の道を歩んでみる事で新しいものが見えて来たりします。
僕は結果として無声奏法の練習はしましたが、めぐりめぐって有声奏法で培った技術が自分にかえってきました。無声奏法でもそこで培ったメソッドや技術は生かされています。
本当に頑張った物は一度全否定しても有益な物として自分にかえってきます。
そして新しく白地に描いた技術とかえって来た一度は否定した技術が融合してあなたの演奏は深みや味を出します。
もしも今行き詰まってしまったり、方法性を見失ってしまった方がいらっしゃいましたら、僕は一度勇気を出して自分のやってきた事を全否定して1から練習をし直してみる事をお勧めします。
プロのピッチャーだってフォームを改造したりしているし、プロの歌手だって発声をなおしたりしているぐらいですしね!
最後まで読んでいただきありがとうございます。もしこの記事を気に入って頂けたようであればシェアをお願い致します。非常に励みになります。