【アカペラ】意見が変わるのは悪いことじゃない!〜3つの視点で正当化!〜


意見が変わる僕
どうも!mokabuu.comです!
はじめての人ははじめまして、昨日ぶりの方は昨日ぶり、久しぶりの方はお久しぶりです!

さて、お久しぶりの方はお察しの通りかと思いますが「僕はよく意見が変わります」

これはもう周りにドン引きされるぐらい変わります。だいたい半年から1年に一回は意見が変わります。ただ僕は「意見が変わるのって悪いことではない」と開き直っている節があるので、今日はなんで僕がこんなにコロコロ意見が変わるのか正当化してみようと思います。


1.環境が変われば意見は変わる
僕はまず環境が変われば当然意見も変わってくると思っています。

だって周りが変化しているのに、自分だけがその変化から取り残されるなんてありえないでしょう。

環境って毎日変わっていますよね。
仮に大学のアカペラサークルを例にしましょう。先輩の皆さんは1年生をみてください。半年前と今を比べてどうですか?洒落にならんぐらい上手くなっているでしょう。1年生の皆さんは1年前の高校生だったころを思い出してみてください。こんなに毎日アカペラしている未来を想像していた人ってどれぐらいいますか?

常に環境は変わり続けてるんです。
じゃあ別に意見だって変わっても良いじゃないですか!


2.成長すれば意見も変わる

音感が全くなかったA君が大学4年間のアカペラサークルでの生活の中で音感がつきました。しかしA君の音楽の感じ方は何も変わりませんでした。

これってすごくレアケースじゃないですか?

当然、音楽的な知識や経験が蓄えられれば蓄えられるほど、それに依存してものごとを考えるようになりますし、そうなってくると考え方も変わって来ますよね。なんなら僕は大学1年生の頃は今ひとつTRY-TONEやTHE REAL GROUPの魅力に気づいていませんでしたよ。VOX ONEも「難易度の高い曲を歌ってみたいから歌いたい」ぐらいにしか捉えていませんでした。でも、アカペラやったことがない素人が聴いているんだからそんなもんですよね。

1年生のうちから「Stillerのスネアの音程が曲によって違うから良い!」とか「Wordsの和音の開閉だけでも表現がつくところが良い!」とか「青木さんのベース、A Cappella1の時とSession505の時で、青木さんがパーカスに近づいていてそこの変化が…」とか言っていたらむしろ音楽的変態だと思います。僕は時間をかけて音楽的変態になりましたよ。


3.議論していくうちに意見が変わる
僕は他人にいちゃもんをつけるのが大好きです。ちなみにいちゃもんをつけられるのも大好きです。

「AもBも良いところがあるから、どっちも素敵だよね!多様性万歳!」

あえて言おう。
そんなんじゃ奏者としても人間としても成長しないぞ!

何事も多様性を受け入れることが大事なのは言わずもがなみんな分かっているんだ!

※たまにわかっていない人がいるから困るのですが…。

そりゃ、多様性を認めて間をとれば良いもの(正確には誰もしかめっ面をしない無難なもの)が出来上がるんですよ!

でもあえてそこで、白か黒をはっきりつけようとすることで、議論がヒートアップしてお互いに自分が思う理想について語りあえるようになるわけです。当然「自分のこだわり」は貫き通したいので、相手を論破するために必死に勉強したり考えたりしますよね。その過程でめちゃんこ知識が蓄えられるし、試行錯誤するので成長すると思うんです。

結論、議論に負けたって良いんですよ。
相手の意見の方が優れていたら負けを認めて、その優れた意見を自分のものとして取り込んでしまえば良いのですから。そこに至るまでの過程に意味があって、そこで「考えて」「調べて」「試行錯誤するうちに」意見がかわるのは全然アリだと僕は思います。


まとめ
さて。

意見が変わるのは悪いことではないです!

なので

思ったことは堂々と言ってみてはいかがでしょうか?

その結果、議論が発生して、みんなで考える機会が生まれるのであれば、それはサークルやバンドにとってこの上ない貢献になると僕は思いますよ!


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